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泉屋博古館東京開館25年記念 企画展
住友洋画 Collection Dig!
―このよの花とであう、よろこびの絵画(仮)
泉屋博古館東京(東京・六本木)では、「泉屋博古館東京開館25年記念 企画展 住友洋画 Collection Dig!―このよの花とであう、よろこびの絵画(仮)」を2027年1月30日(土)から3月22日(月・休)まで開催いたします。住友グループの礎を築いた第15代当主・住友吉左衞門友純(号:春翠、1864~1926)は、実業のかたわら芸術文化にも力をそそぎ、西洋絵画を積極的に収集しました。本展は、住友春翠父子が継続してきた芸術支援とそれぞれの審美眼を深堀りして紹介します。
クロード・モネ《モンソー公園》1876年 泉屋博古館東京
展覧会概要
住友グループの礎を築いた第15代当主・住友吉左衞門友純(号:春翠、1864~1926)は、実業のかたわら芸術文化にも力をそそぎ、西洋絵画を積極的に収集しました。そのコレクションの始まりは、明治30年(1897)の欧米視察の際、パリで自ら選んで購入したクロード・モネの油彩画でした。
帰国後、春翠は、欧米の社会慈善事業に学んだ経験から、のちに関西美術院を開設することになる浅井忠やその後継者となる鹿子木孟郎らを積極的に支援しました。彼らを起点に、明治末に始まる文展で日本の「洋画」を切り拓いた青年画家たちの作品を積極的に購入していきます。それらの作品は、住友の洋館・須磨別邸などに飾られました。
その須磨別邸で幼少期を過ごした春翠の子息たちもまた、その生涯にわたり自らの感性に沿った絵画コレクションを形成したのも、自然な成り行きでした。その内のひとり、住友寛一(1896~1956)は、大正洋画壇の異才・岸田劉生と親しく交わり、劉生の画業の上でも重要となる作品を深く敬愛し保有し続けました。
また、住友友成(1909~93)は、アララギ派の歌人として知られ、春翠コレクションの後継となる20世紀洋画を収集しています。なかでも昭和戦前期の日本洋画を代表する画家たちのコレクションは自身の歌ごころと共鳴したような素朴で力強い作風を示した作品が数多くみられます。また、戦中にあっても梅原龍三郎やその師ルノワールなどを愛蔵していたことは特筆に値しましょう。
本展は、住友春翠父子が継続してきた芸術支援とそれぞれの審美眼を深堀りして紹介します。
展示構成
セクションⅠ:住友春翠の洋画収集と支援事業(しあわせの館)
住友家15代・吉左衞門友純が明治30年(1897)の欧米巡察の旅で、自らの眼で選んだモネの油彩画《サン゠シメオン農場の道》と《モンソー公園》は、モネの実作として日本に将来された最初期の作品として記念碑的なもの。それは明治36年(1903)に完成した住友須磨別邸の壁を飾った。さらにコレクションを充実すべく春翠は、パリ留学中の洋画家・鹿子木孟郎(1874~1941)を支援し、彼に名画収集の仲介を依頼し、ジャン゠ポール・ローランスらの代表作が春翠のもとに送られた。また、帰国後の鹿子木は、恩師・浅井忠の作品を住友に斡旋している。春翠は、明治40年(1907)以降、大阪に美術館建設を計画し、同時期に始まった文展の出品作を積極的に購入し、それらを美術館とともに寄贈することを企図していた。そうした活動には、実業家で洋画家の支援者・今村繁三と文展出品作を共に定期的に購入することを約していたことも強く影響していた。
セクションⅡ:岸田劉生と住友寛一(交友の証し)
住友春翠の子息のひとり寛一(1896~1956)は、生来病気がちだったために、芸術に親しみ読書と思索の人生を歩んだ。彼が、東洋芸術に関心を深め、書画や篆刻、陶磁器の制作に打ち込むようになるのは大正中頃のこと。美術収集がはじまるのもこの頃のことである。洋画や文人画、仏画仏像、古筆や能面、そして中国絵画など、昭和戦前期まで精力的に蒐集した中で、とりわけ豊かな彩りを添えているのが、洋画家・岸田劉生(1891~1929)との交友である。
『劉生画集及芸術観』(1920年刊)を見た寛一は、その後、劉生の個展で底力のある劉生の絵に感心してまずは10号の《鵠沼風景》を一点求めた。これが縁となって劉生の鵠沼の家に呼ばれた寛一は、そこで麗子像をいくつか見せられ、その中から選んだのが《二人麗子図(童女飾髪図)》。中国宋元絵画によく描かれた「寒山拾得」を下敷きにしながら、「内なる美」への探究から生まれた独特の審美観「デロリの美」や「卑近美」を統合した劉生の代表作ともいうべき《二人麗子図》をはじめ、短いながらも生涯にわたる交流から質高い劉生の作品や遺作が住友のもとに届けられた。
セクションⅢ:住友友成と20世紀の洋画(歌ごころの共鳴)
住友春翠のもう一人の子息友成(1909~93)は、「泉幸吉」の名で斎藤茂吉の選を受けるアララギ派の歌人でもあった。
友成の洋画収集が本格化するのは、昭和9年(1934)に欧州視察に出かけた頃からのことで、1930年代から40年代前半に集中している。昭和戦前戦中にあたるこの時期は、第一次大戦後から第二次大戦前までにヨーロッパで学んだ洋画家たちが20世紀前期のパリ画壇を席捲したキュビスムやフォーヴィスムを盛んに移入した時代。とりわけ、フォーヴィスムに傾倒した画家達が集まった一九三〇年協会から発展した独立美術協会などは、実に多様な個性を成熟させる自由な場となっていった。主観を押し出して自然を解釈する彼らの作品に特徴的に現われたものは、東洋的な線質を生かしたり、主観的観照の実践としてのフォルムの単純化や様式化であり、それは伝統的な日本絵画にも通ずる要素でもあった。
「日本的フォーヴィスム」と呼ばれた彼らが色にも形にも個性の持ち味を浸透させた主観的具象画は、身近な自然へのストレートな視線を映し出した歌を好んだ友成の愛するところでもあった。ここでは、実際にパリでフォーヴィスムの影響を受けた画家を中心に紹介するが、そのコレクションには友成の真率着実でおおどかな歌風に通じる嗜好が感じられる。
開催概要
| 展覧会名 | 泉屋博古館東京開館25年記念 企画展 住友洋画 Collection Dig!―このよの花とであう、よろこびの絵画(仮) |
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| 会期 |
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| 会場 | 泉屋博古館東京 |
| 住所 | 106-0032 東京都港区六本木1丁目5番地1号 Google Map |
| 時間 |
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| 休館日 |
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| 入館料 |
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| TEL | 050-5541-8600(ハローダイヤル) |
| URL |
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| SNS | |
| 主催 | 公益財団法人泉屋博古館 |
| 巡回予定 | 泉屋博古館(京都東山・鹿ヶ谷)2027年5月29日(土)~7月19日(月・祝) |
| 交通案内 地下鉄 東京メトロ南北線「六本木一丁目」駅下車 北改札正面 泉ガーデン1F出口より屋外エスカレーターで徒歩3分 東京メトロ日比谷線「神谷町」駅下車 4b出口より徒歩10分 東京メトロ銀座線・南北線「溜池山王」駅下車 13番出口より徒歩10分 お車・タクシーでお越しの方 首都高速環状線「霞ヶ関」出口より車で5分 首都高速環状線「飯倉」出口より車で2分 正面向かいに「スウェーデン大使館」、隣に「スペイン大使館」があります。 ※当館には駐車場および駐輪場はありません。 |
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広報用画像一覧
クロード・モネ《モンソー公園》1876年 泉屋博古館東京
田村直一郎《朝陽荒川上流図》1905年 泉屋博古館東京
ソロモン゠ジョセフ・ソロモン《野の聖母》 19世紀末~20世紀初 泉屋博古館東京
藤島武二《幸ある朝》1908年 泉屋博古館東京
重文 鹿子木孟郎 《ノルマンディーの浜》 1907年 泉屋博古館東京
岸田劉生《晩秋の霽日》1917年 泉屋博古館東京
岸田劉生《二人麗子図(童女飾髪図)》1922年 泉屋博古館東京
ルノワール《花》1910年代後半頃 泉屋博古館東京
児島善三郎《残雪》1937年 泉屋博古館東京
熊岡美彦《ミモザ》1929年 泉屋博古館東京
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