プレスリリース
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牧歌礼讃 / 楽園憧憬
アンドレ・ボーシャン + 藤田龍児
開催期間会期:〜
※掲載申込み受付終了
東京ステーションギャラリーでは、「牧歌礼讃 / 楽園憧憬 アンドレ・ボーシャン + 藤田龍児」を2022年4月16日(土)より7月10日(日)まで開催いたします。アンドレ・ボーシャン(1873-1958)と藤田龍児(1928-2002)は、ヨーロッパと日本、20世紀前半と後半、というように活躍した地域も時代も異なりますが、共に牧歌的で楽園のような風景を、自然への愛情を込めて描き出しました。人と自然が調和して暮らす世界への憧憬に満ちた彼らの作品は、色や形を愛で、描かれた世界に浸るという、絵を見ることの喜びを思い起こさせてくれます。両者の代表作を含む計114点を展示します。
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展覧会概要
じわじわ効きます、しみじみ沁みます。――――
アンドレ・ボーシャン(1873-1958)と藤田龍児(1928-2002)は、ヨーロッパと日本、20世紀前半と後半、というように活躍した地域も時代も異なりますが、共に牧歌的で楽園のような風景を、自然への愛情を込めて描き出しました。人と自然が調和して暮らす世界への憧憬に満ちた彼らの作品は、色や形を愛で、描かれた世界に浸るという、絵を見ることの喜びを思い起こさせてくれます。両者の代表作を含む計114点を展示します。
みどころ1 大病から奇跡の復活をとげた、藤田龍児
藤田龍児は20代の頃から画家として活動をしていましたが、48歳の時に脳血栓を発症し、翌年の再発で右半身不随となってしまいます。利き腕が動かなくなり一旦は諦めた画家の道でしたが、懸命なリハビリによって左手に絵筆を持ち替え、画家として再スタートを切ります。再起後に最初の個展を開いた時、藤田は53歳になっていました。初期の藤田は抽象性の強い幻想的な作品を描いていましたが、大病後にはうって変わって親しみやすいのどかな風景を描くようになります。広い野原や連なる山並みの見える郊外、古い町並みやのんびりした田舎町などが舞台となり、そこに電信柱や工場の煙突、鉄道、バス停などが描き込まれ、人物は点景として、しばしば白い犬と共に興趣を添えています。
記憶にある光景をもとにつくり出された藤田の心象風景ともいえる作品群は、私たちの遠い記憶を呼び覚ますようで、しみじみと心に沁みてきます。
みどころ2 苗木職人から驚異の転身をした、アンドレ・ボーシャン
ボーシャンはもともと苗木職人として園芸業を営んでいました。事業は順調でしたが、41歳の時に第一次世界大戦が勃発し徴兵されます。そして46歳で除隊した時には、農園は破産し、妻はその心労から精神に異常をきたしていました。ボーシャンは病んだ妻の世話をしながら、半ば自給自足の生活を送りますが、そのかたわら戦時中に習得した測地術をきっかけに興味をもった絵画を描き始めるのです。ボーシャンが描いたのは、山や川、草原や丘、そこに生い茂る木々や咲き誇る花々など、なじみのある故郷の風景、苗木職人として身近に接していた植物の生き生きとした姿でした。そうした絵の中に、しばしば神話や歴史の登場人物が描き込まれましたが、これも小さい頃からボーシャンが親しんでいた世界でした。
深い愛情を感じさせる豊かな自然描写と、素朴でぎこちない人物表現の取り合わせには、そこはかとない味わいがあり、じわじわと効いてくることでしょう。
みどころ3 苦難の中から生み出された、癒しの絵画
アンドレ・ボーシャンは20世紀前半のフランスで、藤田龍児は20世紀後半の日本で活躍した画家です。時代も国も異なる二人ですが、彼らの作品は、共に牧歌的な雰囲気に満ち、楽園を思わせる明るい陽光と豊かな自然にあふれています。そこでは時間がゆったりと流れ、満ち足りた幸せな気分を感じさせます。しかし、彼らは恵まれた幸福な環境でこれらの作品を描いていたのではありません。破産した農園と病気の妻、あるいは大病による半身不随という苦境の中で理想郷を夢想し、つらい過酷な状況の中から、心を癒してくれるような牧歌的な作品群を生み出していたのです。それは、困難な時代を生きる私たちにとって、一つの希望のようにも思えます。
André Bauchant アンドレ・ボーシャン
1873年、フランス中部のシャトー=ルノーで生まれました。アンリ・ルソー以来の最も優れた素朴派の画家ともいわれています。芸術とは無縁の環境で育ち苗木職人となりますが、第一次世界大戦で徴兵され、除隊後に独学で絵を描き始めました。1921年のサロン・ドートンヌに初入選、のちに建築家となるル・コルビュジエがいち早くその作品を評価したことでも知られます。1928年にはセルゲイ・ディアギレフからロシア・バレエ団の舞台美術を依頼され、世界各国でも展覧会が開かれるなど評価は高まっていきます。1949年にはパリで200点以上の作品を並べた大回顧展を開催しました。1958年没。
藤田龍児 ふじた・りゅうじ
1928年、京都で生まれました。大阪市立美術研究所で絵画を学び、1959年に美術文化展に初入選しました。その後同協会の会員となり、毎年出品を続けていましたが、1976年から77年にかけて脳血栓を発症し、半身不随となって利き手の自由を失ってしまいます。一旦は画家の道を断念し、旧作のほとんどを廃棄しましたが、その後、懸命のリハビリで再起し、1981年に個展を開いて復活。以降は美術文化展といくつかのグループ展に参加、また毎年のように個展を開き、2002年に亡くなるまで精力的に作品を制作し続けました。
※本展は当館のみで開催されます。巡回展ではありません。
開催概要
会期 |
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会場 | 東京ステーションギャラリー |
住所 | 100-0005 東京都千代田区丸の内1-9-1(JR東京駅 丸の内北口 改札前) Google Map |
時間 |
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休館日 |
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入館料 |
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TEL | 03-3212-2485 |
URL |
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SNS | |
主催 | 東京ステーションギャラリー[公益財団法人東日本鉄道文化財団] |
※読者プレゼント用招待券は、【7月1日までの使用期限付】となります。ご希望の方は4月下旬までにお申し込みください。 |
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広報用画像一覧
- アンドレ・ボーシャン《川辺の花瓶の花》1946年 個人蔵(ギャルリーためなが協力)
- 藤田龍児《デッカイ家》1986年 星野画廊蔵
- アンドレ・ボーシャン《窓》1944年 個人蔵(ギャルリーためなが協力)
- 藤田龍児《古い花》1973年 個人蔵
- 藤田龍児《啓蟄》1986年 星野画廊蔵
- 藤田龍児《老木は残った》1985年 北川洋氏蔵
- 藤田龍児《軍艦アパート》1990年 大阪市立美術館蔵
- 藤田龍児《静かなる町》1997年 松岡真智子氏蔵
- アンドレ・ボーシャン《異国風の庭にいる人々》1950年 個人蔵
- アンドレ・ボーシャン《トゥールの大道薬売り》1944年 個人蔵(ギャルリーためなが協力)
- アンドレ・ボーシャン《芸術家たちの聖母》1948年 個人蔵(ギャルリーためなが協力)
- アンドレ・ボーシャン《タルソスでアントニウスに会うクレオパトラ》1952年 個人蔵
- ポスター
- チラシ表
- チラシ裏
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